ごまめ~の~いっちょかみ

落語・読書・うどんに、ごまめがいっちょかみでおます。

落語を変える・・だいそれたことを~花緑

僕が、落語を変える。 (河出文庫)
柳家 花緑,小林 照幸
河出書房新社


10年前の、2001年に新潮社から出版された本だが、今回河出文庫本で読む。

五代目小さんの孫ではあるが、29才の落語家ではまだ、駆け出しの分際で
本のタイトルが、「落語を変える」とは、文庫出版にあたり、振り返り、
花緑本人の公約集、マニフェストだったと、花緑は言うが、なんと、だいそれた題。

師匠であり祖父である小さんに可愛がられ、子ではない、祖父と孫という微妙な師弟関係が
逆に七光りといわれても、プレッシャーもストレスも和らげているように思える。

談志からは、「オメエ、落語はこれから駄目だと思うな。オメエが駄目って思えよ」と
感激の言葉を、真打襲名の挨拶に行った、談志のマンションの螺旋階段で聴く。
「いいか、オメエがバカで、オメエが出来ないんだ、と思えよ。落語界が駄目だから、落語の人気が
今一つじゃないんだ。落語はこれからの時代にも合ってゆくものなんだぞ・・・。」
離れた師匠である小さんの弟子でありながら、気になる花緑にシャイな談志なりの、
選んだ場所とハナシである。

独演会の「花緑飛翔」のプログラムに寄せた、立川志らくの言葉が、
今の花緑を言いえているので、長文だが、あえて引用させてもらうと、

花緑はイイ奴だ。しかし、このイイ奴というのが危険である。というのも彼は大変
な真似っこなのだ。私のやることなすことを片っ端から真似をする。私の落語を聴いて
古典落語を自分の感覚で喋っていいということに気づいたらしくて、あれだけ小さん
師匠から教わった通り演っていたくせに、近頃では当然のような顔をして我流の物語を
語っている。
更に私のシネマ落語にも影響を受けてシェイクスピア落語なるものを始めた。それから
私が落語のCDを販売したのも羨ましかったしく、今年になってソニーから出しおった。
真似はこれだけにとどまらない。自宅のトイレに世界地図を張っているのまで真似
された。そのうちきっと落語論の本も出版するに違いない。
だけど、腹が立たないのだ。花緑がいろんな事にチャレンジする姿を見ていると
微笑ましいし、つい応援したくなってしまう。
何故か? それは彼がイイ奴だからである。あまりイイ奴だから私の映画にも必ず
出演してもらいたくなるし、芝居でも使たくなる。だけど、最近、これは危険と気が付いた。
花緑は大勢の人の栄養分、つまり良いところをどんどん食い尽くす生き物なのだ。
普通、そんな生き物は嫌われる。そこで彼は考えた。イイ奴になりすませばいいのだと。
イイ奴を装って我々に近づいてきて、いつの間にか食べてしまう。いい物しか食べない。
ならばしょっちゅう食べられている私はとても光栄だと言えるかもしれない。ああ、複雑だ。」

ほんと、美味しいものが知っている、若旦那であるが、目上の者に可愛がられるのは、
ズバリ、オジッチャン子で、甘え上手の一言である。

10年の歳月は、花緑さんを着実に変えているが、
若気の至りとも言える本もご賞味あれでおます。

11-01